選挙のときは存在感があるのに、普段は何をしているのか分からない。
市議会に対して、そんな印象を持っていませんか。
「市議会って必要なの?」という疑問が生まれる背景には、役割そのものではなく、見えにくさの問題があるように思います。
この記事では、市議会の本来の役割と、なぜそれが見えにくくなっているのかを一市民目線で整理します。
市議会の役割とは何か?─「決める場所」か「立ち止まらせる場所」か

市議会というと、
「市の方針を決めるところ」「市長と一緒に政策を進めるところ」
そんなイメージを持っている人も多いかもしれません。
ですが、本来の市議会の役割は、少し違います。
市議会は、市長や市役所が出してきた政策を検証し、本当に市民のためになっているのかを立ち止まって考える場所
です。
派手な決断をする場所というより、ブレーキ役・ストッパーとして機能することに大きな意味があります。
市議会は「政策を作る主役」ではない
日本の地方自治の仕組みでは、
- 市長・市役所(行政)→ 政策を立て、事業を実行する側
- 市議会(議決機関)→ その政策をチェックし、是非を判断する側
という役割分担が基本です。
つまり、市議会は、
ゼロから政策を作る主役ではなく、行政が示した政策案を市民の立場から検証すること
に
主な役割があります。
もし政策を考える人と、それをチェックする人が同じだったら、間違いや暴走があっても、誰も止められません。
そこであえて役割を分けることで、市長は前に進める力を、議会は立ち止まって考える力を持つ仕組みになっています。
市議会は、市長の代わりに政策をどんどん作る場所ではなく、市民の立場から「その政策で本当に大丈夫か?」を問い続ける存在です。
この分担があるからこそ、市政はバランスを保つことができます。
もちろん、議員が問題提起をしたり、改善を求めたり、条例案を出すこともあります。
ただそれも、行政に対して
「この視点が抜けていないか」
「このやり方は本当に妥当か」
と問い返す形で行われるのが、本来の姿です。
派手に公約を掲げて当選した市議会議員を見ると、市民からすると「市議は公約にある政策を、自ら打ち立てて実行してくれる側の人」だと感じてしまいがちです。
しかし実際の役割との間にあるこの認識のズレが、市議会は何もしていないように見えてしまう原因の一つではないでしょうか。
だからこそ「議会の仕事」は見えにくい
選挙時の派手さとは裏腹に、実際の市議会の仕事は、とても地味な面が多いです。
- 派手な成果が出にくい
- 何かを「止めた」結果は目に見えにくい
- 調整や修正で終わることも多い
そのため、
何も起きていない
議会は何をしているのか分からない
と、市民側には感じられがちです。
でも実際には、何も起きていないのは、
どこかで議会がブレーキをかけているから
というケースも少なくありません。
問題は「役割」ではなく「見えなさ」
ここで大きな問題になるのが、市民から見て、議員の仕事であるその検証のプロセスがほとんど見えないことです。
議会が開催されても、
- 何が議論されたのか?
- どこが問題になったのか?
- どう修正されたのか?
- 今はどの段階なのか?
これが分からないと、市民は
議会は何もしていない
市長が全部決めている
と感じてしまいます。
議会側からすれば、議会中継をして、議会録画や議事録を公開しているし、資料もホームページに掲載している。市民向けには、わかりやすく市議会だよりを年4回発行して配布している。
これで情報は公開しているし、問題はないと考えているのかもしれません。
でも、それは市民に伝わる内容でしょうか?各市民個人が、自分に関わる問題や内容を必要なときに拾える形式になっているでしょうか?
私は前回の選挙をきっかけにちゃんとした人に投票したいと思って、市議会や議員についてかなり調べてブログ記事にもしました。
そのとき上にある資料を全てチェックしましたが、とにかく見にくいし専門用語も多く文章はかたく、内部事情が分かっている人にしか簡単に通じない内容だなと感じました。
市議会だよりも、定例会であった全ての議案を載せているわけではないですし、代表質問以外の議員の個人質問は内容だけで、そこに答えが書かれているわけではなくQRコードを読み取って飛ぶ仕組みです。
よっぽど市政やその議員に関心のある市民でなければ、わざわざ見ないと思います。
今はネット発信の時代で、それをやる気にある議員は個人的にHPやSNSで議会や活動について掲載していますが、それはあくまで個人の「点」の活動です。
「議会全体が何をしているか?」という全体像を理解するには適していません。
その結果、市民からは発信力のある一部議員の言うことが全てのように見えてしまい、奈良市議会は何をやってるんだ?と思われてしまいます。
その結果、真面目な活動をしていても誤解されて、市議会全体が信用を失ってしまっているように思えます。
役割が果たされていないように見えるのは、市民に向けての説明が足りないからという面が大きいのではないでしょうか。
市長が前に出るほど、議会は見えにくくなる
最近は、首長が直接市民の声を集めたり、対話型の取り組みを行ったりする自治体も増えています。
奈良市でも、仲川げん市長が#全員市長という政策を掲げ、6期目の再選を果たしました。まさに対話型市政ですよね。
市民参加としては良い面もありますが、その一方で、
- 市長の動きは見える
- 行政の発信は強い
- でも議会の役割は見えない
という構図になりやすくなっています。その結果、
市議会って予算のときだけ必要なのでは?
と感じてしまう市民が出てくるのも、無理はありません。
市長が市民の声を直接聞き、政策に反映しようとする姿勢自体は、決して否定されるものではありません。
ただ、市長が市民の声を集め、その内容を整理したうえで議会に示す形が続くと、意図的でなくても、市民からは
「市長が市民の意見をまとめ、議会はそれを承認しているだけ」
という構図に見えやすくなります。
その結果、政策をチェックし、問い直す役割を持つはずの市議会の仕事が、市民の目に見えにくくなってしまいます。
良くも悪くも今は、市長と市議会の役割分担が、時代の変化の中で揺れ動いている過渡期なのかもしれません。
市議会の役割は「市民の代わりに考える」こと
本来、市議会は
市民の声を集め、行政に問う
判断材料を整理し、最終的な是非を決める
という、市民の思考を代行する役割を担っています。
だからこそ、
市民に分かる言葉で、市民に分かる形で、議論の中身を伝える
ことも、大事な議会の仕事の一部だと思います。
議事録があることと、「伝わっている」ことは別だからです。
議会の役割を、もう一度言葉にする必要がある
今、必要なのは
議会を責めることでも、市長を否定することでもなく、
「市議会って何のためにあるのか」を市民と一緒に確認し直すことではないでしょうか。
議会の役割が見えないままだと、
- 市民は判断できず
- 一部の強い発信だけが目立ち
- 不信感が積み重なる
それは、ほとんど誰にとってもメリットのない、不幸なことであるように感じます。
おわりに
市議会は、決して不要な存在ではありません。
むしろ、市政が暴走しないために、市民の目線で立ち止まらせる場所として、今こそ重要な役割を持っています。
その役割が、市民に見える形で共有されること。そこから、ようやく冷静な市政の議論が始まるのだと思います。
