「昭和レトロ」と聞くと、喫茶店のステンドグラス風ランプや、どこか懐かしい色合いの雑貨を思い浮かべる人も多いかもしれません。
けれど、私が街を歩いていてふと「この建物、昭和っぽいな」と感じる瞬間は、必ずしも「おしゃれなレトロ」を見たときだけではありません。。
私たちは一体、何を見て「昭和っぽい」と感じているのでしょうか。そしてその中でも「おしゃれだな」と感じるのはどういうものなのでしょうか。その感覚を、昭和の建築を通してと思います。
昭和っぽさを感じさせる建築要素

まず、多くの人が「昭和っぽい」と感じやすい要素を挙げてみます。
- ざらざらとしたモルタルやリシン仕上げの外壁
- 茶色やオレンジ・紺色系の玄関タイル
- アルミ素材の扉やサッシ
- 模様付きのすりガラス(型板ガラス)
- 防犯柵や面格子に、ほんの少し入った装飾
- 切妻屋根(三角屋根)の二階建て住宅
こうして並べると、どれも、とても普通の家の部品です。
昭和っぽい住宅は、ドラえもんやサザエさん・ちびまる子ちゃんに出てくる民家をイメージすると分かりやすいのではないでしょうか。
子どもに「家の絵描いて」と言ったら書いてくれるような、昭和では当たり前だった三角屋根の家を、現代の新築物件ではほぼ見ませんよね。
素人目から見た感覚では、最近の新築物件には平らっぽい屋根の家が多いように思えます。(息子は純粋な目でそれらを豆腐ハウスと呼びます)
それは「昭和の合理」から生まれたものだった
今あげた昭和っぽく見える要素は、当時から「レトロ」だったわけではありません。むしろ昭和の人たちにとっては、合理的で、新しい最先端の選択でした。

たとえば、モルタルの外壁。
木造住宅に防火性と耐久性を持たせ、コストも抑えられる現実的な工法でした。

アルミサッシやアルミ扉も同じです。
木製建具よりも腐りにくく、歪みにくく、手入れが楽。当時は「未来的で便利な素材」として歓迎されていたそうです。

模様付きのすりガラスも、光は取り入れつつ、視線は遮るための工夫です。
カーテンが当たり前ではなかった時代に、生活とプライバシーを両立させるための、極めて実用的な選択でした。

外壁やトイレ・風呂など水回りにタイルが多用されたのも、掃除のしやすさや耐久性という、きわめて合理的な理由からでした。
ちなみに昭和の家電や床に緑色が多かったのは、流行ではなく、清潔であることを「維持できる色」として選ばれた結果なのだとか。
当時も清潔=白色という感覚はあったそうですが、実際はすき間だらけの家で白い家電や壁の維持は大変でした。(さらに洗剤も今のように高性能でない)
つまり、あれらもおしゃれだからあの色だったわけではなく、合理的だったからあの色だったわけです。
このように、
私たちが「昭和っぽい」と感じているものの多くは、
装飾のためのデザインではなく、暮らしの中の合理性から生まれた形
だったのです。
昭和の家は「夏の家」だった

昭和建築を語るうえで欠かせないのが、「夏をどう乗り切るか」という前提です。
昭和以前の日本の住まいは、長いあいだ冬よりも夏の暑さと湿気への対策を重視して設計されてきました。
今と違い断熱材がなく、家の気密性も低い時代。夏に家を閉じれば、湿気がこもり、木が傷み、人も蒸し暑さに耐えられません。
だからこそ、風を通す。光を和らげる。家を開く。
その結果、
- 庇や軒の深い屋根
- 開口部の多い間取り
- すりガラスや格子といった中間的な遮り
が当たり前になりました。
この「完全に閉じない家」という性質も、今の高気密住宅と比べると、どこか昭和的に映ります。
私たちが感じる「昭和っぽさ」とは

時代が進み、高断熱・高気密の住宅が主流になると、これらの要素は少しずつ姿を消していきました。
役割を終え、更新されなかったもの。
合理性よりも効率が優先され、削ぎ落とされたもの。
そうして残った一部が、いま「昭和っぽい」ものと私たちが判断しているものです。
では、昭和っぽいと思うものの中でも、今昭和レトロと評価されているのはどんなものなのか?を次は考えてみます。
なぜ今、昭和レトロはおしゃれに見えるのか?昭和レトロの正体

昭和レトロが再評価されている背景には、現代の住宅が抱える違和感もあるように感じます。現代住宅は、
閉じて、均一にして、どこにいても同じ快適さを目指す家。
その反動として、不完全で、季節に振り回される昭和の家が、かえって人間的に感じられるようになったのかもしれません。
そして昭和の建築には、合理性を前提としながらも、完全には遊び心が排除されない余白がありました。
すりガラスに模様を入れてみたり、
柵にわずかな曲線を残したり、
どこかに無駄にも思えるデザインが施されたりしている。
それらは、性能や効率だけでは割り切れない、暮らしを楽しむ感覚が反映された部分だったように思います。これこそ昭和っぽさとは違う「昭和レトロ」の正体なのではないでしょうか。
いま「レトロ」と呼ばれて評価されているものの多くは、こうした合理性を差し引いた先に残る、
人の遊び心や、手仕事の不均一な味わい、そして経年変化によって価値が生まれる素材です。
均一な品質が約束され、結果が予測できる住まいが当たり前になったからこそ、
予測できない可能性を秘めたものに、人はあらためて魅力を感じるようになったのではないでしょうか。
